なみかわみさきの日記

2018年ころまでの日記。

「リブレオフィス(仮)」を導入してみたテンマツ


この記事は「LibreOffice Advent Calendar 2015」の8日目の記事として書かれたものです。

※これはたぶん架空の話です。たぶん。

「N君、N君」
 と呼ばれ課長のデスクに向かうと、T課長はムック雑誌を僕に見せた。
「これ、うちでも使えるのか?」
 T課長はさほどパソコンに詳しくない。この前、休みの日に、課長の家にパソコンのセットアップに行ったくらいだ。僕はつまり、便利屋みたいな部下にもなっている。
 本の表紙には、「HOGEオフィスを使おう」と書いてある。
「どうやらこれは、タダで”わーど”や”えくせる”が使えるそうなんだよ」
「はあ」
 僕も少し前に、そのソフトの名前を知った。オープンソース(OSS)で開発されている、オフィススイート。このOSSは利用が無料であるため、つまり「ただ」で、デファクトスタンダードとなっている某企業のワードプロセッサソフトや表計算ソフトの互換のソフトが使えるということだ。
 某企業のシェアが高いオフィススイートは、どの会社のパソコンにも入っているが、1本の単価が数万円と高い。インストールディスクをコピーして使うのはもちろん違法である。
 その数万円のコストが、これで軽減できるなら。これほどおいしい話はないわけだ。
 僕はその雑誌を借りて、なぜか「HOGEオフィス推進係」に任命されてしまった。


 何台かのパソコンに、HOGEオフィスをインストールして使い始めてもらってから、僕のデスクの電話が、仕事以外のことで鳴るようになった。
「Aですけど、B社さんの作ったファイルを開いたらレイアウトが崩れるんですけど」
「はあ」
 見に行って見ると、たしかに、スプレッドシートファイルの幅が変わっていたりした。今まで使っていたソフトのデータを開くには開けたけど、こんな状態だという。
「すみませんが、今後こっちに移行していく予定があるんで、こっちで直してもらえますかね」
 そういうやりとりをした。

 またある時は、ソフトの操作方法がわからないという電話もあった。まあ使っている人が格段に少ないので、ネットを調べても操作方法は載っていない。ヘルプを読んでくれとは言ったが、あれ英語ばっかりだよね、とも言われた。このソフトは有志で日本語訳されているため、十二分に翻訳が充実しているわけではないのだ。


「なかなか進まないものだねぇ」
 僕の進捗をきいてT課長は予想外といった様子で話す。次年度に導入予定のパソコンについてはこのソフトだけを入れて、コストを削減したいらしいが、いまのところ賛成している社員はいなかった。「前のソフトも一緒に使えないと困る」という意見だけが突出している。それだと今までと何も変わらない。

 OSSを使うということは、単純にコストが下がるっていうメリットだけじゃなく、これまで使ってたものと違うソフトだから、それを使いこなせるようになるまでの学習コストがかかる。
 それに、大多数が使っているソフトとは違うわけだから、えいやで入れ替えたとしても、取引先とのやりとりとかにも支障は出る。
 僕は少しばかり残業して、これまで使っていたオフィススイートの販売元とあるやりとりをした。


「サイトライセンス?」(*)
「はい」
 僕は数日後、T課長に、とりまとめたプレゼンテーションデータの印刷を(これはHOGEオフィスで作った)見せながら説明した。
「今うちは、1台ずつ個別にオフィスイートのライセンスを購入している、というか、パソコンを買うときにオフィスのついたやつを買ってたり、オフィスがないパソコンには、個別にソフトを1本ずつ購入している状態です。
今後はこれをやめて、企業向けとかの、オフィスなしのパソコンを買って、サイトライセンスでオフィスを買うようにしましょう」
「それはどういうメリットがあるんだい?」
「1つのサイト、つまり社内で、何台でも、オフィスが使えるということです。」

 そして、僕は「HOGEオフィス推進係」を無事にやめることができた。


 数年後。今、社内のパソコンのオフィスは、サイトライセンスで運用されている。個人で購入するオフィスより価格は安く、また、新しいバージョンのオフィスがリリースされれば、それに乗り換えることもできる。

 当時作成したHOGEオフィスのデータは、誰かがまた表計算ソフトとかで作り直した。

 飲み会なんかでその話になると、「あのソフトまだあるの」とか、「あれ全然使えなかったよね」と酒のつまみにされる。HOGEオフィスは、新しいバージョンがリリースされて、導入作戦に走り回った時よりも、機能が充実しているが、いま会社で使っている人は誰もいないから、あの時の使い勝手で時間が止まっている。まさに「夢のあと」である。

 僕は「推進係」になった時、いろいろHOGEオフィスについて調べたことで、HOGEオフィスのイベントやコミュニティに参加するようになり、今はヘルプやリリースノートの翻訳を手伝ったりしている。ほんのわずかな量だけど。うっかり酔った勢いで、熱く語って反論しそうになるが、次の生中をたのんで、ぐっとこらえている。


(おわり)



(*)サイトライセンスの適用数、バージョン、実際の値段に関してはソフトウェアによって違うので、ご参考程度に。ボリュームライセンスとか別の名称、ライセンス配布体系があります