TO YOU
「それじゃあまるで猫みたいよ」と画面の中の小さな葉月に笑われた。僕は何度もまりあのおでこをなでる。
「まりあ、ママだよ、」と本体を見せたら、いきなり番号のところから食べようとする。
「まりあに持たせたら壊れちゃうよ。真っ暗で何も見えないわ」
その後も、「あんまりなでてはげちゃったらパパのせいよ」とか言われたりした。−−僕はまりあのあったかくてやわらかいおでこにそっとキスをした。
葉月と暮らし始めてからもそうだったけれど、今ももっと、毎日が流水でさらされたみたいにまっさらになって僕の目の前に飛び込んで来る。あっという間に三ヶ月めも半ば、まりあが生まれる前の日曜日の過ごし方がえらく遠い昔だったんじゃないかって思うくらいだ。
急に自分が三十歳ってことを実感したり……ラジオの司会の口調はその頃からも全然変わらないけど。
それでも、まりあはここで生きて育つ。子供はしんどいとかニュースは言う。僕もそう思ったことはある。でも、今はほんとうに楽しい。楽しいだけ。
いつか三人でラジオの映画解説に突っ込みを入れたりとか。
夕立に追いかけられて川沿いの道を走ったりとか。
お揃いの色違いの機種でメールをしたりとか。
それに、まりあの弟や……妹−−神様が機会をくれたら……
また変な画面ばかり僕や葉月や、−−みんなで送りあったりとか。
人生八十年としたら、そんなことがいつまでできるだろう、なんて八十引く三十で考えるかもしれない。でもそんな算数だけが、家族で生きる日々じゃない。みんなと、いられる。そう思うだけで胸がいっぱいになる−−。葉月にもまりあにも、両親にも、ああとにかく僕に関わったみんなに、ありがとう。
鼻を二回かんだ頃、葉月からのメールでピロリンとそれはもう一度鳴った。
「今日は休日出勤でごめんね。ありがとう。今から帰ります」